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剣道の意義


三橋秀三範士の『剣道』 「第2章 剣道の意義と特性」 から引用させていただきました。

1 剣道の意義
剣道は、日本古来の剣術の修練をスポーツの形式で行うものである。すなわち、現代の剣道は日本古来の剣術を基盤にした伝統的スポーツであって、日本刀に代わる「しない」を用いて約束部位を打突し合う競技であるから、剣道は、日本民族の創造による平和を理念とした遺産スポーツであるということができよう。
およそ剣術は戦いの場に発生し、修練と工夫によって発達したのであるが、平和になるにつれて教養を必要とし、文化的性格を要請されるようになった。
特に、剣術が武士的人格を主な目的として行われるようになったのは徳川時代からのことである。剣術は日本刀を使用して勝ちを制する技能を修得するための修練であったのであるが、徳川時代の施政方針にそい、柳生が剣術の修行目的を確立するに至ってその性格は質的に転換し、剣術から剣道へと方向付けられたのである。そして徳川時代に一貫した天下泰平の施政方針とそこに生み出された平和とによって剣術は名実ともに立派な剣道に発展したのである。
徳川時代における剣術は武士の表芸であり、武士教育の中心的教材として全ての武士が必修しなければならなかった。
その目的は武士としての理想的人間を形成することにあった。
現代の剣道は、しないを使用して約束部位を打突し合う競技であるが、古来からの剣道精神は伝統として脈々と生きているのである。現代剣道が行われるのは体育としての価値があるとともに伝統的剣道精神が現代社会にも要求されるからであるが、剣道の伝統は武士生活というものを前提として考えられなければならない。しかし、その前提たる武士生活そのものが、今日われわれが生活する社会環境とか、機構とかからは著しくかけ離れたものであることはいうまでもなかろう。
現代の民主主義社会において武士道を考える場合、まずこのことに留意されなければならない。武士的人間像は今日の理想とする人間像ではない。しかし、武士が追求してやまなかった剣道精神は武士と同時に人間として生きる道をおのずから会得し、また、われわれに教えていることを知らなければならない。そこには現代の日本人としての人生智や、現代にも適応できる人間関係の知恵が働いていることを知ることができよう。
葉隠れ武士道では、武士道とは死ぬことと見つけたり、といっているが、生が人生観の根本である現代人にとっては一見およそ無意味な事のように思われよう。しかし、その基本精神は性根を打ち込んで仕事をせよということであり、二者択一の場合には自分の理を考えないで正しい生き方を選べという教えである。剣道が遺産スポーツであり、その伝統的な意義は、これを現代剣道に適合するように修正し、発展させることにより、はじめて今日に蘇生するのである。剣道の伝統が前述のように修正され、今日の生活の場に昂揚されるならば、現代日本人にとって最も尊い生活のよりどころとなることを確信している。およそ一国の文化は他の民族のすぐれた文化を輸入するとともに、その国固有の文化を失わないことがたいせつである。同じように体育もまた、世界のすぐれたスポーツを取り入れて行うとともに、その民族が創造し、歴史とともにいき続けてきた心身の訓練のしかたとそこに内在する伝統精神とを養い、人間形成することがきわめて重要であろう。また、剣道は格技形式のスポーツであるが、格技は現在行われていない地域がないほど重要な競技である。そして剣道が格技として体育的に高く評価されているところにまた、その重要な意義がある。
要するに、剣道はスポーツとして高い価値があることと伝統遺産文化であるところに真の意義がある。
現代の剣道は一言でいえば、礼儀正しく誠実で、たくましい人間を形成することを目的として行われるのであるが、剣道のスポーツとしての特性と伝統的特性を明らかにすることによって、はじめてその真の意義を知ることができるのである。

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