- 2010-02-14 (日) 23:30
- 三橋範士の「剣道」
三橋秀三(みつはしひでぞう)明治37年6月20日生まれ。東京高等師範学校において高野左三郎範士らに師事し、昭和4年卒業。のちに東京高師の講師、助教授、教授を務め、16年には東京高等体育学校主任教授も兼ねる。戦後は質丘大学教授、岐阜大学主任教授。同名誉教授、中京大学教授(兼体育学部長)に。剣道技術の理論的研究を深め、『学校剣道』『新剣道の指導』『種目別現代トレーニング法』『剣道』など多数の著書を残した。剣道範士。昭和59年11月8日逝去。
三橋秀三範士は、明治37年生まれ、西暦に換算すると1904年です。私は1958年生まれですから、約54才離れているということになります。 私が大学生となり稽古を頂いた時には、72、3才だったということになります。
当時、先生はそれはそれはお元気で、毎日のように道場に来られ、最後まで学生に稽古をつけていらっしゃいました。稽古を頂くと最後には、抱きしめるようにして、良いところを必ず褒めてくれました。お心の広さを感じさせていただいた先生でした。当時、先生の著書「剣道」は購入してあったのですが、ほとんど熟読もせずに放置してあったのですが、今になって読み返してみると、それはそれは、まさに「剣道」というタイトルそのままで、熟読すればするほど、剣道そのものが理解できるようになります。
剣道日本2005年5月号に、三橋先生の講話がありましたので、引用させていただきます。
- 大日本帝国剣道形は、高野健三郎、内藤高治、門奈正、叔岸億五郎、辻其平の5人が主査委員となって大正元年10月に制定。その後、大正6年9月に加註、昭和8年5月に加註増補がなされた。それを原本とし、用語や文章表現を、全日本剣道連盟の統一の見解として現代的に改めたのが 『日本剣道形解説書』 (昭和56年12月7日制定) である。
- 大日本帝国剣道形は、太刀七本に触れたあと、「説明」として下記のような文が記されている。日本剣道形解説書では、その部分において「原本の 『説明』はそのまま掲載」しており、とくに解説はされていない。
- 大日本帝国剣道形 説明
- 第一本 相上段ハ先ノ気位ニテ互ニ進ミ先々ノ先ヲ以テ仕太刀勝ツノ意ナリ
第二本 相中段ハ互ニ先ノ気位ニテ進ミ仕太刀先々ノ先ニテ勝ツノ意ナリ
第三本 相下段ハ互ニ先ノ気位ニテ進ミ仕太刀先々ノ先ニテ勝ツノ意ナリ
第四本 陰陽ノ構ニテ互ニ進ミ仕太刀後ノ先ニテ勝ツノ意ナリ
第五本 上段晴眼互ニ先ノ気位ニテ進ミ仕太刀先々ノ先ニテ勝ツノ意ナリ
第六本 晴眼下段互ニ先ノ気位ニテ進ミ仕太刀後ノ先ニテ勝ツノ意ナリ
第七本 相晴眼ニテ互ニ先ノ気位ニテ進ミ仕太刀後ノ先ニテ勝ツノ意ナリ※岐阜県学校剣道連盟が発行した『創立30周年記念誌』には「三橋先生講話」が集められている。その中の「剣道形の理合とつかい方・剣道形の意義」 (昭和57年11月) に、剣道形一本目のつかい方について以下のように記されている。
一本目は、「先々の先で勝つ意也」としてある。それはどういうふうにつかうかちゅうと、間合に入った時に、その前に形の根本的な役割は、打太刀が指導的立場であり、仕太刀が修得する、教わる立場である。ほだから、間合に接するや、すぐに打ったんでは、仕太刀が読む時間がないでしょう。ほだから、お互いに間合に進んだならば、打太刀は小手なんか攻める、攻める、本当は。攻めるんだけれど、それを、それはできないけれども、本当は攻めるんだ。はりやあ高野先生も言っている。だけれどもそれはできないから、進んで瞬時、瞬時、ほんのわずかな時間をグッと攻め込んでから、面を打つ。ほうすりや仕太刀は、その一瞬の間に相手が面を打ってくることを読むことができるでしょう。もっとも安全な勝ちは、読みの勝ちである。それは、「来いッ」といってそれでぶつかる瞬間、読んでいる。高野先生は、形の制定の主査委員の中心だ。形はだいたい高野先生と根岸備五郎の二人でつくったんだ。高野先生の説明を聞くと、ここでグッと攻めこまにゃいかん。小手いくぞ。ほいで最後には約束の面を打っていく。こういうふうに説明なさる。それは、相手が面を打ってくることを予知する時間をとらなければ、仕太刀は読むことを体験することが、経験することができないからである。いいか。それを形を見ておると打太刀がいきなり面を打つ。それじゃあ剣の理合に合った形のつかい方でない。わかったな。
帝国剣道形をただ動作でやってしまうから何にも効果がない。あれは体操だ。そうでなくて理合いを求めてやるものだ。一本目は先先の先の勝ちである。打太刀が面を打つと決心する。そうした仕太刀は、面へくるか、こい、といってやるから、読んで打つから先先の先の勝ちである。そういう風に形を打たなければ形をやったって何にもならない。それでは六本目はどうか。後の先の勝ちである。ということは反射の勝ちである。条件反射運動である。中段に構える。打太刀が攻め込んでくるやつを仕太刀が出鼻の小手を打つ。打ち太刀は攻め込んでいこうと思っておって、相手が小手を打ってくることを知らない。というのを小手を打ってこい。こうやったんでは形にならない。「きた!」相手が小手を打ってきたから反射的に、いわゆる条件反射ですり上げて打つから後の先である。そういう解釈をすれば、これは帝国剣道形の理合ははっきり分かる。剣道形は応じ技だけだけれど仕掛け技も同じだ。攻め技は全部読みだ。小手を攻めれば面があくということを読んで小手を攻めているから読みの勝ちだ。そういう風に戦術を考えていけば、それは、そうやってそれを習得するかといえば、それは、理合と修練と経験以外にない。
大日本帝国剣道形は大家五人が主査委員となって制定された。先生方は、先々の先や後の先の大切さはおわかりだから、それを形に盛り込み、大切な先々の先で勝つことを一番初めに持ってきたんだ。一本目から三本目と五本目が先々の先で勝つ形、四本目、六本目、七本目が後の先で勝つ形であることは、大日本帝国剣道形でしっかりと説明書きされているのに、その後の連中が良く理解しないから、説明がうやむやになっちゃった。俺は武専のある教授に、君は武専では先々先をどう教えているか?と訊いたことがあるんだ。すると「相手が打つ前を打つのが先々の先、剣道形は先々の先で打つんだ」と説明する。だけど、剣道形は打ってきたところを打っている。勝つほうが先に打っているか?とさらに訊いても説明ができない。先々の先、後の先の問題が頭の中で整理しきれていないんだ。 どうしてこんな混乱を今に招いたかというと、宮本武蔵の三つの先と、剣道形におけるそれとでは内容が違うからだ、宮本武蔵の先は、技のことを説明している。今でいうなら仕掛け技が先々の先、応じ技が後の先、相討ちが先と。現象面に見られる三つの勝つ技術、これを言っているのが武蔵の教えだ。一方で、剣道形の先々の先と後の先は、勝つ技術ではなく、勝つ機会のことを言っている。つまり、先々の先は「読み」、後の先は「反射」という説明でくくることができる。一本目は読みで勝つ。六本目は反射神経で勝つ。形を作ったときに、それをはっきり教えている。六本目は仕太刀が攻め込んでくる。攻め込まれて打太刀が小手を打つところを仕太刀はすり上げて小手を打つ。そのとき、仕太刀は打太刀が小手を打ってくることは予知していないんだ。「あ、来た」と、思わずすりあげて小手を打つから後の先だ。それを俺は学会で説明したんだ。そしたらある人物が、壇上から降りた俺に向かって「僕は何十年も先々の先と後の先が分からなかった。今日の先生の説明で分かりました」と言ってきた。
高野健三郎先生は現代のような科学的な説明ができず、抽象的な説明のしかただった。俺は高野先生に直接先々の先の説明を求めたことがある。そのときの先生の説明は、「互いに先の気持ちで進むのが一つの先、打太刀が面を打とうと決意するのが一つの先、その一つの先を知って先で勝つから、三つ先がつながって先々の先」というわけ。これは現代的な言葉で言えば「読み」だ。相手が面を打ってくるのを読む。
(では、出ばな技も先々の先というわけですか?)
出ばなでも、先々の先で打つこともできるし、後の先で打つこともでき。例えば、相手が面を打つと読んでパーンと出ばなを打つのは先々の先だ。その読みがなく、相手が突然来て、反射的に思わず打ったのは後の先。これは動作の問題ではなく、精神の問題。機会の精神問題。
(そうすると、例えば追い込んで面を打つという場合にも後の先がある)
追い込んだ場合にも、先々の先も後の先も両方の場合がある。機会のとらえ方を読みでしているか、条件反射連動でしているか。
(じゃあ先生、先々の先か後の先かは、第三者からは分からんですね)
分からん。分からんでいいんだ。第三者から見たら、仕掛け技か応じ技かが分かるだけだ。それだから、一般ピープルには、まず仕掛け技と応じ技を教える。だけど、本当に大事なのは先々の先と後の先という部分。それは第三者から見ても分からないこと。
(三橋先生に角に追い込まれて、竹刀は殺される、後ろには下がれない、なす術がなくなってボンと打たれる。この場合は?)
それは「なす術がない」と知って打つから先々の先。
(うーん、おっしゃることは、分かるようで……)
俺は『剣道』を十年前に書いた。君に要求するのは、俺の本を読めということだ。今話していることを、俺はずっと言い続けているし、内容も一字一句変わってない。でも、みんな先々の先や後の先なんか関心がないんだ。剣道の先生にしたって、俺の本を買って、先々の先と後の先のところを読んだ人ななんかきっと百人に一人もいない。お前らも読んでないだろう。
(中部講習会があったとき、滝澤光三先生が先々の先については三橋先生の本が一番うまく説明してあるとおっしゃっていました。今、手元に先生の本があるので読んでみます。「先は仕掛け技の中から、相手の心を予知した出ばな技を除外したすべての仕掛け技をいうのである」)
それは技の説明だろう。先々の先と後の先のところを読め。
(「先々の先は、精神面を特に重視して、相手の打突を予知して勝ちを制する場合をまとめたものである。したがって、形の上からでは仕掛け技の場合と応じ技の場合がある」)
そうだろう。今、言ってたことと同じだろう。
(「先」というのはどういうことでしょう)
先というのはだな。応じ技でも仕掛け技でも、いかなる場合も勝つことを先というのが一つの考え方。
(先と先々の先と後の先と、先には三つあるという、その教えにこだわっている。先生はそうじゃないとさっきも言っている)
こだわっちゃだめ。動作と機会は別問題。別々に解釈しないといけない。機会がよくたって、動作が悪ければだめ。機会をつかむのは先々の先と後の先。それで、動作は先に打っているか、応じているか。性質が違うものなんだ。その性質の違うものを、宮本武蔵の三つの先と頭の芯からごっちゃにしているから、どうにも理解できない。武専の大先生でも理解できないから、俺は講習会のときに衆目の前で喧嘩してしまった。剣道形の一本目の先々の先を説明しろと。
(私もどうしても分からないのですが、動作としては仕掛け技でも応じ技でもいいですわ。そのときの精神状態としては、先々の先か後の先か?)
精神状態は先だ!打つ気力、気迫、勝つための精神問題は先。そして、機会をつかむのが先々の先か後の先!
(明解や)
明解やろう。この先々の先と後の先を修行することが、社会生活を送るなかで、剣道がためになるものだ。人間の社会生活は何のためにある? 「読み」をすることによって社会生活はよくなっていくだろう。剣道をやることによって社会生活をよくすること、社会生活をよくするその秘訣はなんだ。それが読みだろう。その読みを、習得すること、それが「形」だ。交通でも、向こうがどのくらいのスピードで来るかを読むから交通事故に遭わないんだ。そういうことも含めて剣道の修行を生活に活用する。そういうものがなかったら、剣道をやらなくてもいい。スポーツをやるのと剣道をやるのはどこが違う? 生活のためになるかならないかが、剣道とスポーツの違いといったっていい。剣道で読むカ、機会をつかむ力を身につける。そして、それを身につけて、自分たちの日常生活にそれを活用する。その比類のない精神が、伝統的な剣道の真髄だと俺は思うが、どうだ?
(そのとおりですね)
そうだろう。そいつを頭に置かなければ剣道は堕落する。ただの打ち合いじゃあ、堕落の一途だ。剣道を知らずして、打ち合いを知っているだけだ。テクニックを知ったって、剣道を知るということにはならない。現代剣道を見てみろ。剣道界が俺を排斥したことによって、俺を地方に追いやってしまったことによって、剣道の近代化は十年遅れた。俺はそう自負しているぐらいだ。
もちろんそれができるかできないかは個人差はある。だけど、そのことを狙って剣道を行なうだけでもためになる。そこを目指して修行することが剣道だろう。精神状態をよくするため、読みや反射神経をよくするために剣道を学ぶ。なおかつ、それを可能にするには無心にならなきやいけない。そして、その根本の極意を解いたのが、不動心だ。
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